選民意識が強い人について。

選民意識が強い人は、俺はほかの人間とは違って、選ばれし人間であると思っており、自分以外の生物を見下すことがある。こういう他人を見下す癖がついた人間は、他人より優れていることを重視して、他人に何をしてあげられるか?ということについては、一切目をむけないのだ。

選民意識があまりない人は、俺は所詮は人間でしかないのだから、自分以外の人にもっと優しくしたいなと思う。こういう人は、選民意識が強い人間に利用されたり、他人を利用することに罪悪感を覚えない人間に利用されたりするので、割とつらい目にあうことがある。ってことで、選民意識が強い人についてをテーマにして記事を書いていきます。

何者かになりたいと思っている人。

何者かになりたい人なんかは、何者かになれるはずだと思い込んでいることもあって、俺は他のやつらとは違う人間なんだと思い込んでいる節がある。これに関して自分が思うのは、何者かになっている人は、何者かになりたいと思ったこともないし、しらない間に何者かになっていたというパターンが多いと思いから、何者かになりたいと思っている時点で凡人だよね。このことに気づかないで、選民意識の強い俺は何者かになりたいと思っている人は日本に大量発生しているよなあと思うわけです。まあ、どうでもいいですが。

たいした能力もないけど、選民意識を持っている人。

たいした能力もないし、たいした努力もないけど、俺はほかの人間をしのぐ何かを持っていると思い込んでいる人は、一生仕事もがんばることもないし、一生趣味もがんばることないし、一生好きなこともがんばることもないから、一生他人をしのぐことができず、一生凡人として過ごすことになる。この事実があるから、たいした能力もないけど、選民意識を持っている人は、変なプライドを捨てて、何かひとつのことをがんばったほうがいい。

大企業サラリーマンの選民意識。

大企業サラリーマンの選民意識は、OOの大企業に入っている俺は選ばれた人間なんだというものがるし、OOの大企業に入れた俺は至高の人間であるというものもある。こういう大企業のサラリーマンの選民意識をみているたびに、大企業に入れなった人を見下している大企業で働いている人ってなんかいやだなと思ってしまう。後、大企業サラリーマンを辞めたやつに限って、やめた企業のOOは本当に最高だぜとか、元OO企業所属と名乗り続ける。こういうのを見ていると、そんなにOOの企業がすきなら、何でお前はOOの企業やめちまったんだよーといいたくなる。

東大の選民意識。

東大の選民意識は、東京大学という超難関大学に入れた俺は優れた人間であり、唯一無二の存在であるというものがある。この選民意識に対して自分が感じることは、東大に入ろうが、底辺私立に入ろうが、所詮は人間という枠から抜け出すことはできないのだから、人間が唯一無二の存在にはなれないよなあと。

東大に入る能力がある人は、勉強を難なくこなしてきたから、つい自分にはできないことはないだろうと思ってしまう部分はあるのだろうけど、東大生も勉強以外のじゃ凡人でしかないのだから、あまり自分の力を過信しないほうがいい。それに、自分の力を過信しすぎると、物事がうまくいかなかったときに、自分のメンタルが崩壊してしまい、幸せに生きることができなくなる。

DJの選民意識。

DJは、俺は曲を作れるからすごい人間であり、他のサラリーマンをやっている奴らとは違うアーティストという新人類なんだと思っている節がある。こういう考えのDJは、DJ以外の仕事をやっている人を見下して、DJ以外の仕事をやっている人を利用しようとする節があるので、DJとむやみやたらに仲良くなると、DJにうまいこと利用されて嫌な気持ちになるんだ。結局、自分の価値は自分で決めるもんだし、他人がどうとか、ああとか気にするとか辞めて、人生の全ての時間を自分のためだけに捧げるべきだと思う。このことに気づくと、他人のことが全く気にならなくなり、自分がやらなければいけないことに本気で打ち込むようになるんだ。

選民意識の強いDJが大型フェスにでたりすると、俺は才能があるからOOの大型フェスに出れたスーパースターだと思い込みはじめ、俺はそこらへんにいる一般人とは、まったくレベルが違うんだぞと思っていたりします。こういうのを見ていると、音楽ってOOのフェスにでて活躍するためにやるもんじゃないし、なんかもっと自由に音楽を楽しんで、もっと自由にいきていったほうがいいんじゃないかなあと思う。

最後に、

選民意識を持っていると、周りの人に勝たなければいけないという気持ちを持ち続けることになり、常に努力しなければいけないという脅迫観念に支配されて生活することになるので、本当にしんどいと思うぞ。